砂漠の祭典

数千年前のオアシスの街がよみがえったようだ。とても巨大な人の集まりだ。歴史には語られていないがこんなところが本当にあったかもしれない。交易はされない。お金ではない。そこにいる人々は助け合うのだ。

 

そこでは、誰しもが子供に戻る。子供の時の笑顔にあふれている。町には板津らがあふれている。誰も順番待ちでイライラしない。一番後ろに並んだ人がただラッキーなだけで先頭に呼ばれることもある。窓口は背の高さに合わせられていない。極端に低い窓口もある。それでもいいじゃないか。ハリーポッターの世界のようだ。

 

リオのカーニバルのようでもある。この1週間の祭典のために、長い時間をかけて準備をしている人も多い。

夜は、にぎやかに歌い踊る。凍える寒さの中、火をともし日々の疲れを癒し、明日の活力を蓄える。火の力はとても大きい。肉を焼き、暖を取り、魂を鼓舞する。

人々は昼も夜も着飾る。仮装でもハロウィンでもない。自己表現だ。衣装がないものには衣装を探してくれる人がいる。人のために行動することがこの世界の価値観だ。食べ物も飲み物も、テントもない人には持っている人が分け与える。分け与えることに見返りはない。


Burningmanが何かについては1回参加しただけの私にはとても書けない。これは私の私見である。

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